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伊勢湾台風殉難者慰霊之碑

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  • 住所:名古屋市港区春田野3-202

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碑には当時の「名古屋市長 杉戸清」と彫られています。

南陽神社の敷地内に建てられ、西隣には勘兵衛宅跡があります。画像左上に見えるのが南陽中学です。

いつもきれいに清掃され花が手向けられています。敬虔な気持ちになり、祈りをささげてきました。

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碑の裏には碑文が刻まれていますが、年月がたっているからなのでしょうか、よく読めずわからないとこもあります。 大体こんなところが書いてあるのではないかというところで、ご勘弁してください。

碑文

その規模において又惨禍において史上最大といわれた伊勢湾台風がこの地を襲ったのは昭和三十四年九月二十六日の夜であった。

この日は断続的に強い風雨があった。それが夜半遂に風速五十米余の超大型台風にのし上った。 木が倒れ家が大きく揺れる恐怖と緊張に祈りが続く中に突然濁流が流れ入忽ち末上丈余に達した。 堤防を乗り越えた海が逆落としてなって幾百の人と家を呑む。瞬時にして全町が泥海と化した。

今闇夜怒涛逆巻く泥海で死闘を続け精根遂に尽きて空しく逝き給けん君を思い更に海岸堤は切断されて湛水六十余日の悲運を思う時哀感切々として胸をかむ。

本日茲に町民の総意と町当局のご指導により 殉難者百九十九人の霊位を迎えてそのご冥福を祈り奉り併せて再びかかる惨禍を繰り返えさざらん事を祈念してこの碑を建つ。

在天の霊よ安くあれ 昭和四十年九月二十四日 名古屋市港区南陽町町内会

以下の碑文には199名の殉難者の氏名が彫られています。

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